寝起きのモールス信号
読後、何にも残らない文章ですが、何にも残らなかったな、てのは残る文章です。
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ポン酢醤油のあるうちさ
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年11月 9日(日)15時08分2秒
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幸せの定義ってのは、ないに等しい。なぜかというと、幸せなんてのは、概念にすぎず、極端な話、土砂降りの中、傘なしで40キロあるいたとしても、その人が幸せだなとおもえれば、それは幸せなのである。
幸せとしましょうよ、きりがないからってのがある。人間、8時間の睡眠と8時間の労働、8時間の余暇があれば幸せとしましょうという考え方がある。私はそれに大いに賛成なのだが、どうしても、私は眠たいに人間なのである。だから、こんなことを考える。
だらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだら、膀胱の限界にたっするまで、眠りについて、膀胱の限界とともに、トイレへと立ち、そして、また布団に入る。
いいでは、ないか、実にいいではないか。
寝起きというのは、どこかしか不幸せだ。不幸せというには大げさだが、睡眠という快楽からの脱却は苦を伴う。
私の知り合いは毎朝小さい声で、こうつぶやくという。
「私はルイ14世である。これから、馬にのって猟にでかけなければならない」
そして、毎朝思うそうである。「俺はルイ14世ではない」と。
一見なんだねそれはてな行為だが、彼には彼なりの理屈があるらしい。
「一瞬でも、そうだ、俺はルイ14世だ」と自分の言葉に得心してしまう自分がいたら、その日の自分はかなり、かなりのところまできているので、会社にいかなくていいことにしてる、とのことであった。自分の精神の度合いをはかってるのだそうだ。
ま、確かに、自分をルイ14世だとおもっていまったら、会社などにいってる暇はない。とりあえずは、病院だ。
毎朝それをおこなうようにしてから、不思議と会社をサボることがなくなったそうだ。
冬である。やはり冬の布団は幸せだ。幸せを感じるには、生活に少しの苦がないと、感じにくいのかもしれない。
私は昔、昔といっても、21、2歳の頃、ドブにはまった。首ぐらいまでの深さのドブである。ドブから出たとき、幸せとかんじたろうか。
苦からの脱却が幸せとするなら、そのとき、とてつもない幸せをかんじなければならないはずだが、そのときはただただあほらしかっただけだ。
幸せは気楽な設定値方がいい。
なぜなら幸せがやってきやすいからだ。
明日は、ビッグコミックスピリッツの発売だ。いつものラーメン屋はいつもの味がした。うちの親父がまた猪をつかまえてきた。30秒ぐらいでつづける小便をだした。
実に幸せではないか。
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