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恥ずかしい僕の人生ひっさげたりかくしたり
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年11月16日(日)01時09分6秒
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何を恥ずかしいとするかは人によっては変わってくる。
羞恥心というのは、日常との乖離から生まれる。
裸で日常を暮らすのが当たり前の部族の方々にTシャツを渡すと、その部族の方々からは、Tシャツを着ることが恥ずかしくてしょうがないという意見がでるそうだ。
日常の根底に流れる文化からの乖離が羞恥心を生むのかもしれない。
文化ってのは、極端にいうと一人一人違う。
乱暴に、生活、思考、嗜好の集合体を文化とするなら、一人一人ちがって当然だろう。女子高生がカラオケで歌う曲と、50歳の男性がカラオケで歌う曲がちがうようなものである。女子高生が「マイウェイ」を歌うのを恥ずかしがるだろうし、50歳の男性が青山テルマの歌を歌うのは恥ずかしいだろう。
で、私の生きる文化圏では、「ママ」という言葉が非常に恥ずかしい。
「ママ」である。百歩譲って、母親を「ママ」といえるとしよう。だが、スナックの女性店主を「ママ」と呼ぶには、かなりの羞恥の壁を突破しなければならない。
スナックの女性店主を「ママ」と呼ぶか、「サルのおけつはまっかか」と書いたプラカードをもって国会議事堂周辺を一人でデモ行進するか、どっちが恥ずかしいと問われれば、一寸の間もなく、「スナックの女性店主をママと呼ぶほうが恥ずかしい」と答えるだろう。
ママってのが恥ずかしく感じるのは私だけだろうか。
「ママレモン」「ママさんバレー」「でた、ママの18番、津軽海峡冬景色」
上記のワードをきくと、なんかしらんがにやけてしまうのである。
不思議と、「パパ」に対してはそこまでの恥ずかしさがない。半濁音が恥ずかしさを緩和する役割をはたしているのだろうか。
では、ためしに「ぺぺ」にしてみよう。
「ぺぺレモン」「ぺぺさんバレー」「でた、ぺぺさんの18番、津軽海峡冬景色」
なんだか、穂積ぺぺさんがバレーをしたり、津軽海峡冬景色をうたっているような絵が頭に浮かび、それはそれでにやけてしまう。穂積ぺぺさんを知らない人は、自分で調べるように。現代社会、なんでも容易に答えが用意されていると思っていると、大きな間違いである。
パパス&ママスというヴォーカルグループがいる。実際は男性2人、女性2人のヴォーカルグループなのだが、ここでは勝手解釈で「スナックのママが100人体育館に集合して、津軽海峡冬景色を歌っているのを100人のパパが見守るグループとしよう。
ね、なんだがにやけるでしょ。
俺だけか?
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