寝起きのモールス信号
読後、何にも残らない文章ですが、何にも残らなかったな、てのは残る文章です。
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世界はでっかいでっかいでっかい耳鳴りのようだ
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年10月15日(水)00時16分43秒
私は部屋にいるとき、なんらかの音楽がかかっていることが多い。別段、無音でもいいのだが、なんだかかけている。
といって、音楽に詳しいわけではない。どちらかというと、うといほうだろう。
どんな音楽を聴くかというと、ロックと呼ばれるものが多い。ジャズとよばれるものも聴くが、ロックと呼ばれるものを聴くことが多い。
聴くのはロックが多いのだが、私自身のロック資質は皆目ないといっていいだろう。
ロックの資質とはなんだろうか。まず、真っ先にあがるのが格好いいか否かということである。そう、ロックは格好がよくなければならない。私は格好がよくない。深夜ラーメン屋でラーメン屋の大将に
「今日はどこまでカーペットもっていきますの」
と声をかけられたことがある。
おそらく、長距離トラックの運転手と間違われたのだろう。確かにそのようないでたちではあったし、そう思うわすなにかが顔にあるのだろう。
「今日はどこまでカーペットもっていきますの」
といわれたことはあるが、
「格好いいですね」
とは一度も言われたことがない。
その昔、私の持っている靴下がすべて穴あきだったことがある。
格好いいわけがない。
ロックは不健康である。
睡眠時間が短く、やせていて、酒、タバコ、古典的だが、いかにもロックだ。
私は今日、カップヌードルを3つ食べた。
これ、かなり不健康ではある。不健康ではあるが、ロックのそれとはかけ離れているように思う。
俺はラーメンばかり食っておるな。ま、それは今どうでもいい。
いくら不健康といっても、ロックの文脈を踏まえた不健康がある。
「着色料だらけの紅しょうがと焼酎、ほんでから、報道ステーションみながら寝る」
ってのは、なんだかとても不健康だが、これはロックからはほど遠いのである。
唯一つ、私はバスタオルがなくても、へっちゃらである。
これはロックではないだろうか。さあああ。
なにはどうあれ、へっちゃらはないだろう、へっちゃらは、へっちゃらはロックとは程遠い。
反対の賛成の反対の賛成のアルカリ性の夜行性
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年10月11日(土)00時46分17秒
私が考案した言葉遊びを紹介しようと思うのが、その前に注意事項をひとつ。
けっこう、けっこう、下品なことをいう。
この言葉遊びは単純である。
ただただ、反対語、同義語を考えていくというだけの遊びである。
「金玉」の反対語はなにか。私なりにだした答えを書いていく。
「金玉」の反対語
「威厳」「奇跡」「天上天下 唯我独尊」「蝶のように舞、蜂のようにさす」
などである。
わかってもらえるだろうか。この感じ。
金玉という間抜けさから遠いものを考えていくという遊びである。
わからないという方は無理せず、わからぬまま一生を終えたほうがいいかもしれません。
では、金玉の同義語は何か。
「金玉」の同義語。
「慈しみ」「哀愁」「癒し」「アイデンティティー」「あの人みてたらほっこりするわ」
わかってもらえるだろうか。この感じ。
金玉という滑稽かつ愛らいものから近いものを考えていくという遊びである。
わからないという方は無理せず、わからぬまま一生を終えたほうがいいかもしれません。
「おしゃれな雑貨屋さん」の反対語を考えてみる。
「おしゃれな雑貨屋さん」さんの反対語。
「場外馬券場」「この街に原発はいらないの立て看板」「野江内代」「カメムシだらけ」「木彫りの熊製造工場の工場長」「肩にのかった陰毛」「金玉」
となる。
わからないという方は無理せず、わからぬまま一生を終えたほうがいいかもしれません。わからなくても、年金がはらわれないなんてことはないのです。安心してください。
わかるというかたを集めて「反対語、同義語を考える会」なんていう月例会を公民館で行う予定はないので、わかるという方も安心してください。
ビリーバンバンの弟さんは、里見まさとさんに似ている
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年10月 5日(日)02時06分5秒
メディアってやつは大げさである。ま、大げさだからメディアなのかもしれないが。
メディアの中心に居座っているのは、広告である。つまり、商売である。この世は金だけで、まわっているってことはないが、金がこの世を動かす、大きな原動力になっているのも、事実である。
で、大げさについてである。
これは昔から思っていることなのだが、いいちこのコマーシャルはかなり大げさすぎないだろうか。
いいちこってのは、焼酎である。たぶん、いいちこのコマーシャルを大体の人が一度は見たことがあるのではなかろうか。
ビジュアルを文章で表現するのは難しいが、どういうものかを簡単に説明したい。
いいちこのコマーシャルは日本なのか、外国なのか、ある意味では国籍不明のきれいななんせきれいな田舎がただただ映る。
そして、バックグランドミュージックには「ビリーバンバン」という兄弟デュオの歌が流れる。たとえばこんな歌詞の歌だ。
「命尽きるそのとき、君は何をおもう」
なんども、言うが、いいちこは焼酎である。つまり、今私は焼酎のコマーシャルの説明をしたのである。焼酎である。焼酎のコマーシャルで、命尽きるそのとき、君は何をおもう、といわれても、「え、焼酎って、そんな深いことを考えなければならないの」
となる。
何どもいう。焼酎である。
焼酎の正しい飲み方はよくわからないが、阪神タイガースンのことや、競馬のことや、孫がいかにかわいいか、なんてこをいいながら飲むものではなかろうか。
「命尽きるそのとき、君はなにをおもうか」なんてこと気にしなくてもいいのではなかろうか。
なんじゃかんじゃいうが、私はいいちこのコマーシャルがすきなのだ。
おおげさやなあといいんがら眺めているのだが、なんだか、このコマーシャルになると、見入ってしまう。
今放送されているバージョンでは、ビリーバンバンが
「君にー、恋をした」
と歌っている。
ビリーバンバンはかなり君という言葉が好きなようだ。
何度もいうが、焼酎である。
「君に恋をした」
だろうか、焼酎は。
焼酎はたぶん、私のイメージだが、スナックで男が飲むものである。ママのことを君などいわない。おそらく。たぶんこうだ。
「よしみちゃん、よしみちゃん、な、な、今度温泉いこか、有馬温泉、ええで、ゆっくり、なんであかんの。犬、犬はほれ、ペットのホテルあずけたらええがな。かわいそう、かわいそうって温泉断わられてる俺のほうがかわいそうやわ」
といいながら、あおるのはもちろんいいちこである。
「君に恋をした」
と
「よしみちゃん、温泉いこ」
の間には深くて長い溝がある。
いいちこのコマーシャルだけで、メディアはおおげさというのもまたおおげさである。
とこの文章をかきながら、いいちこを飲む。
いいよ、いいちこ。うまいし安い。
ネットコラムでいくらほめても、三和酒類株式会社から、いいちこが送られてくることはないのだろうなあ。
ドーナツ型の座布団の上で斜陽を
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年10月 3日(金)02時06分9秒
私は実にもてない。
実にもてない。
世の中にはもてる人間がいる。当たり前だ。全員がもてなければもてるももてないもないではないかとなる。比較対象がいるから、上がいるし、下がいる。
では、もてる人間とはどういう人間だろうか。
顔がいい。
これはもてる人間とはいう問題定義をひっくり返すような答えである。それをいっちゃああおしまいよ、である。そりゃそうだよ、となる。なんかK−1に登場した頃のボブサップを思い出す。でかい奴がふりまわせばかつ。なんかそれに近い。格闘技においてでかいは絶対的アドヴァンテージであるように、もてるにおいて顔というのは絶対的アドバンテージである。
ゆえに、顔はひとまず、置いておく。
で、もてるの要素の主流ではないが、昔からある要素として、病弱というのがある。病弱というのは、母性、父性をくすぐるのだろう。
顔が青白くて、ほっそりしている。コホコホと咳をひとつ。手には太宰治の文庫本。てなやつである。
話がいったんそれるが、病気の定義とはなんだろうか。というのは、私は軽度の痔である。パンツは赤くならないが、ふきすぎると紙は赤くなる程度に痔である。
痔は病気だろうか。怪我なのだろうか。傷だとかんがえれば、怪我なのだろうか。
仮に、ここでは痔も病気とする。
私は痔である。痔で弱ることが多々ある。私はある意味病弱とよべるだろう。痔のいう病で弱る、すなわち、痔によっての病弱はもてるだろうか。
もてるわけがない。
とはいってもオダキリジョーが「べんべらべん」といったしても、やっぱりもてるのだろう。
どうやら病気にも美ってやつがあるようだ。
私はよく「べんべらべん、べんべらべん」
という。「べんべらべん、べんべらべん」にまったく意味がない。なぜか口をついてしまうのだ。私が作り出した曲といえなくもない。
「おまえは病気か」
といわれたことがある。
病気だとしたらなんという病だろうか。
「べんべらべん、べんべらべん病」
「べんべらべん、べんべらべん病」は命にまったくかかわらない。というか身体にまったく影響しない。気分が効用するので、おそらく体にはいいのではなかろうか。
ためしに「べんべらべん、べんべらべん」といってみていただきたい。
発言前よりも発言後のほうが、愉快になっただろう。あほらしくて。
「べんべらべん、べんべらべん病」はもてるだろうか。
自問自答するまでもない。もてるわけがないからだ。
当面、テーブルの上には醤油がいすわりつづけるだろう
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 9月29日(月)00時37分49秒
おしゃれについて、考える。おしゃれとはなにかってな根源的なことをいいたいのではない。世にいう、おしゃれとはなにかである。
とりあえず、私がおしゃれではないことの証明をしながら、おしゃれとはなんぞやと言うことをば書いていきたい。
私は、この文章をテーブルで書いている。テーブルといっても、足の短いタイプ、すなわちち、椅子ではなく、じかに胡坐をかいて収まるほうのテーブルである。この時点でおしゃれではないのだが、さらに証明を続ける。
このテーブルの上にある物を羅列していく。
たばこ、ライター、綿棒、醤油1リットルボトル、鼻毛切りばさみ、爪切り、布巾、プロ野球カード(楽天の山崎武司選手)、電気代の請求書、十円玉、鼻毛切りばさみ、
ここで大時なことは、鼻毛切りばさみが二つあるということではないし、当然、鼻毛を中心に生きているということをいいたいのではない。
生活感にあふれすぎているということである。
おしゃれさんは生活感にあふれない。
あんたこの部屋でどうやって生活してるのてな部屋で生活しているのだ、おしゃれさんは。おしゃれさんは部屋に不必要なものばかりで生活している。間違っても、醤油と爪切りを同じ場所にはおかない。
私は、この間、警察官に職務質問された。
公園で酔っ払って、スキップの練習をしていたら、警察官にこうきかれた。
「何をしているのだ」
スキップである。何をしているといわれても、スキップとしかいいようがない。決してデモ行進しているわけでも、雨乞いをしているわけでもない。
スキップをしているのだ。
冷静に考えると、夜中公園で一人スキップをしている男をみて、職務質問しない警官がいたら、その警官は怠慢である。もしくは、これから三億円を奪いにいこうとしている偽警官である。
おしゃれな人は決して公園でスキップしない。
おしゃれな人は公園で何をするかというと、カフェオレを飲みながら、ヘミングウェイを読むのだ。
ここで、大事なのは、ヘミングウェイである。これが、求人情報誌ならただただ懸命なだけだし、月刊時刻表なら鉄ちゃんにしかならないし、掃除機の説明書を公園で読んでいたらなぜ公園でよむのだと首を傾げられる人にしかならない。
おしゃれはヘミングウェイだ。
そもそも、おしゃれ読書=ヘミングウェイという前時代的発想自体がおしゃれから遠いように思う。
鼻毛きりばさみ二つをみながら思う。
公園でスキップしても、そぐう人間であり続けるために、当面鼻毛きりばさみは二つ、確保しておこうと。
告知
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 9月26日(金)02時04分52秒
FMアイアイという尼崎のコミュニティーFMがある。
そこで、毎週土曜日二時から「ひこーき雲のお笑いチャーハン」という番組が放送されている。
それにちょいちょい私がでている。
聞くか否かはみなさんお自由意志である。
よければきいてください。
肩を壊したが、将棋部なのでなんの影響もなかった
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 9月26日(金)02時02分58秒
肩がこってしょうがない。もう、これじゃ日常生活もままならんわああてなこといいながら肩に手を置いて、私は日常生活を送っている。
「お前は肩こり顔だ」
とある方に言われた。
なんだ、その肩こり顔ってのは。血行の悪そうな顔、ってことだろうか。
「お前は犯罪者顔だ」
といわれたことがある。こうなってくると、私は心穏やかではない。なぜなら、私は今のところ、立小便レベルの軽犯罪しかしていないにもかかわらず、犯罪を犯した顔だといわれたからだ。立小便顔といわれるならまだしも、犯罪者顔とはいささかやぶさかではない。
「お前は俺の息子だ」
と父親に言われたことがある。知っている。何をこいつは急にいいだすのだろうかと、18歳の私はきょとんとした。ま、私の息子なのだから、家にお金をいれなさいと、実に生々しいレトリックがこの後続いたのだが、それにしても、それにしてもだ。
閑話休題。
たまに贅沢をする。月に一度の贅沢はマッサージに行くことだ。
マッサージはいい。何がいいかというと、その瞬間、肩のこりがとれたようなきがするからだ。ま、一日すればもどっているので、処置というよりは、贅沢のためにいっているといったほうがいいだろう。
マッサージ師の方にしゃべりかけられるとは想像していなかったが、けっこうはなされるかたがいた。
美容師の専門学校にいっていたが、どういうわけか、エステの会社の会社にはいって、エステの会社行ってる時に今の彼氏とであって、彼氏が整体師だったので、私も整体をしようとおもい、今ここにいる。
はあああ、である。彼女がなぜいまここで、私の肩に肘を置いているかのいきさつである。
「というわけで、私は今、指で背中を押す毎日なのです」
と彼女はいった。
何を文学きどっとるのだ。
私は散髪中に話しかけられるが苦手である。マッサージ中も散髪のそれと同じ領域にある。
返事しにくい体勢の人間にはなしかけないでくれ
となるのだ。
まだ、前述の話はいい。なんか、そこに人のありかたを見た気もした。
彼女の話は、枚挙に暇がない。
国道沿いのラーメン屋のラーメンの量が多すぎる、原付のシートが破れてきている、とんがりコーンで1週間すごしたら息がくさくなった、えとせとら。
いい肩こりの治し方はないのだろうか。
マッサージもいいのだが、どうも、私がいってい店はマッサージ師の肩の力が抜けすぎている気がするのだ。
告知
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 9月23日(火)20時54分5秒
9月24日、千日前上方ビル4階トリイホールで18時半より行われる「お笑いバトルフィールド」というイベントに出演。
前売り800円、当日1000円
あほらしいコントをする。ちょけたコントをする。
9月28日
ワッハ上方7階において、14時から行われるみそかつというライブに出演
9月28日
玉造駅すぐのマガダマちゅう飲食店にて漫談をする予定。
入場料、500円。
一日イベントをしている。俺がどの時間に漫談をするかは未定。
とんと漫談をしとらんがいけるのかしらん。石破防衛庁長官の物真似でもしよかしらん。
防衛庁長官でなくなってってかなりたつではないか。
なんせ、ちょける。ちょけるのだ。
陽水さん、私の探しものは風呂の栓です
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 9月17日(水)01時34分47秒
これは私の言葉ではない。相原コージ氏の言葉である。
「なんにでもあてはまる。たかが〜〜されど〜〜]
達見である。
人間、それ自体がええ加減なものである。言葉は人間がつくりだす。そして、社会も人間が作り出す。
10年前の当たり前が10年後にトンマになる。そんなことはざらだ。
少し前までは戦争は正義であった。今は、おおむね悪とされる。
そんなもんだ。
「たかが〜〜されど〜〜」
人間のつくりだしたもの、または人間が抱く念にはその言葉がとてもしっくりくるとおもうのだ。
「たかが〜〜されど〜〜」ほなどっちやねん?どっちともいえる。その目線、よしと思うのだ。
たかが仕事、されど仕事
たかが野球、されど野球
たかが恋愛、されど恋愛
使われがちなのは上記のようなものだろう。
私の実家にはシャワーがない。風呂釜に水をためそれを沸かし、その湯によって、体を流し、頭を流す。
親父が酔っ払って入浴をした時の話し。
何をおもったか、親父は風呂釜の栓を千切り、表のヤブに投げ捨てた。
酔っ払いは怖い。制御フィルターが著しく利かなくなる。
なぜそんなことをしたかととうと、
「風呂の栓がなくなったら、今風呂に入っている俺はどれだけ困るかなあおもって」
気持ちはわかる。日常、そんなへんてこ思考の塊だし、それがある意味では正しい思考だとは思うのだが、しかし、実行はしない。なぜなら、困るからだ。
数日間、母親がヤブで栓を発見するにいたる数日間、非常に困った。
「たかが風呂の栓、されど風呂の栓だ」
排水口にしりをおいたが、尻では栓にならないのだ。これを私は尻の限界、ヒップオブマージナリーとよぶ。英文法がおかしくてもほっておいてほしい。なぜなら、私がそう読んでいるだけだからだ。
「たかがゆでたまご、されどゆでたまご」
これは、電車の中で喧嘩している老夫婦をみて感じた。
「お前のゆでたまごはいつも固いねん、黄身から粉ふいとるがな」
「私はあれぐらいが好きなの」
「わしは半熟がええねん」
「あたるで」
「半熟で腹壊したら俺は本望や」
「半熟であったって死んだ人間に戒名はつかんで」
実際に街中で聞いた表現を一つ。
いかにも休日の中年という男性二人連れがファミリーレストランではっした言葉。
「たかが海老、されどカステラやねえ」
うううん、味わい深い。たかがの後とされどの後の単語がちがう使いかたがあるとは目からうろこである。目からうろこだが、すぐに何が目からうろこだったのかわからなくなった。
「たかが海老、されどカステラやねえ」
わけがわからないではないか。
こくち
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 9月14日(日)09時32分34秒
編集済
9月23日、10時から大東市阪奈自動車教習所で行われる阪奈フェスタというイベントのどっかのステージで司会をする予定。
司会をしたことないのだが、いけるのかしらんとなる。
9月24日、千日前上方ビル4階トリイホールで18時半より行われる「お笑いバトルフィールド」というイベントに出演。
前売り800円、当日1000円
あほらしいコントをする。ちょけたコントをする。
9月28日
玉造駅すぐのマガダマちゅう飲食店にて漫談をする予定。
入場料、500円。
一日イベントをしている。俺がどの時間に漫談をするかは未定。
とんと漫談をしとらんがいけるのかしらん。石破防衛庁長官の物真似でもしよかしらん。
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