寝起きのモールス信号
読後、何にも残らない文章ですが、何にも残らなかったな、てのは残る文章です。
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今日は俺が俺の味方、と口ずさむ、ちくわくわえて
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 2月11日(月)11時09分28秒
おでんてのはいいところに位置していると思う。
おでんは決して派手ではない。どちらかというと、いや、どちらかといわずとも、地味である。
「二人の始めての共同作業です。おでん、アク取り」
これでは絵にはならない。あれはやはり、背の高いケーキだからそれらしくなるのである。おでんでは日常からの逸脱にならない。おでんは日常そのものだからである。
日常そのものとかいたが、おでんは日常そのものなのだろうか。少し、御幣があるかもしれない。コンビニで販売しているほど、近い距離にあるのだが、晩御飯におでんがでてきたら、ほんの少しだけテンションはあがるのではないだろうか。ほんの少しだけである。そこまではあがらない。
「うわ、おでんや、いやあ、豪勢やん。豪勢、いや、豪勢ではないわな。ん、でも、ま、豪勢としてもいいか。いいのか。うううん」
となる。
派手な食べ物と地味な食べ物の境目として、向こう十年、そればかりたべていけるかってのが、ひとつの境目となりえるのではないだろうか。
梅干、海苔、卵焼き、トースト、これらは十年ぐらい朝食として毎日くってもぜんぜん平気だろう。
向こう十年毎晩、北京ダック、ピザ、すき焼きでは辟易すること間違いないだろう。
では、おでんはどうだろう。十年は言いすぎだが、一週間はなんとかいけそうな気がする。二週間ぐらいならぎりぎりぎりぎり、いやあ、どうだろう
「俺がいったい何をしたというのだ。なぜ、こんな仕打ちを受けねばならないのだああ、ああああ」
と叫びながら何とか、二週間はたべられそうなきがするのである。
すなわちこれは、地味さの中にかすかな派手をもちあわせた食品といえることができるのでないだろうか。
おでんてのは敵でも味方でもないと今まで思っていたが、意外に少しだけ味方なのかもしれない。
私がもし誰かと結婚したと聞けば、おでんは商品券で3千円分ぐらいはつつんでくれるのだはないだろうか。ま、だから、そこまでは味方ではないのであるが。
とある方に、このコラムを読んでくれている人に「書きたいことがたくさんあっていいですね」といわれた。おおきな誤解である。別段おでんについてなど書きたいなどとはおもっていないのである。どうでもいいのである。
しまうまの縞は年々、ギンガムチャックに近づいてるらしいよ
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 2月 9日(土)01時51分49秒
キリンの首は年々短くなってきてるらしい。この話はだれからきいたのだろうか。忘れてしまった。知り合いかもしれないし、通りすがりの人が話していたことかもしれないし、どっかのファミレスで隣の席から聞こえてきたのかもしれない。
人は勝手に人を判断する。「あなたはおもしろみのない人間のようにおもうのですが、あなたをおもしろみのない人間と判断してよろしいでしょうか」と訊ねたことはない。いちいちそんなことをきいていては時間がいくらあってもたりないし、おもしろみのない人間ですかときかれて「そのとおり」という人間はいないだろう。つまり、勝手に判断するのである。
24、5歳の頃だった思う。深夜のファミリーレストランで一人、アルバイトの履歴書を書いていた。隣の席では、少女ヤンキー二人がぺちゃらくちゃらとしゃべっていた。ぺちゃらくちゃらは他愛もない話がいい。しかし、二人は他愛ありまくりの内容を話していた。
「ほんま、離婚してすぐ再婚て、ええ加減にしてほしいわ。あほちゃうん。もう、あんな親死んだらええねん、あ、もう、最悪、ああ、もう、最悪」
少女の一人は髪の毛をしきりに触りながら、ぺちゃらくちゃら。私はてっきり身近な言葉で生活する人間だと判断していた。いい、わるい、ではない。ただただ、身近な言葉で暮らす少女だと。
「な、最悪やで、ええ歳して、それも、おとんと離婚してからまだ半年もたってないねんで。別に付き合うとかそんなんは自由やん。ただ結婚てなったら、結婚があかん言うてんとちゃうで、タイミングをいってんねん。」
「そやなあ、もうちょっとお互い判断してからな」
「そうやん、な、孔子もいうてるやん。老いては子に従えって」
私は履歴書の資格欄、普通自動車免許とかく手をとめた。
かってな判断は時として外れる。老いては子に従えという言葉をそのとき初めてきいた。これって孔子の言葉なのか。今もってわからない。調べればいいようなものの、あのこがそういうなら孔子の言葉いいじゃないかとどこかで思っている自分がいる。
情報化社会ってのは、だれもが情報を発信できる社会のことではないだろうか。 情報を得るには、別段、媒体はいらない。外にでれば、思いもしない情報を得ることができる。
このコラムを書いてる最中におもいだした。「キリンの首は年々短くなっている」てのは、そのむかし、私が釣堀でアルバイトしていたとき、釣りをしている不倫カップルと思しき二人連れの男性がいっていたのだ。
あの、男性はどこからこの情報を得たのだろうか。
アリクイは年々、蟻に飽きてきているらしい。
この情報は私が今つくったものである。ゆえに嘘である。
上田正樹は年々、歌い方が変なってきているらしい。
この情報は私発信であるが、あながち間違いでもないような気がする。
へその緒が痛いので会社休みます
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 2月 5日(火)02時35分52秒
腰が痛い。激痛というほどのものではないが、座っていると、一時間ほどで痛くなる。立ち上がり様腰をおさえてしまう。これはあまり絵にならない。絵にならないが、そこまでトンマというわけではないだろう。
どこが痛いか、これは結構重要なことではないだろうか。たとえば、頭が痛くて、コメカミをおさえる仕事のできる女、足をひきずりながらゴールするマラソンランナー。これなどは絵になるではないか。腰をおさえながらたちあがる、これはどうだろう。絵にはならないが、そこまで間抜けではないような気がする。
痔、はなぜ痔という字なのだろうか。別に駄洒落をいっているのでない。やまいだれのようなものの中に寺とかいて、痔。人は肛門が痛くなると寺へいって手をあわせたくなるのだろう。たぶん違うな。
少し話しがそれるが、結婚式当日に嫁とその母親が「痔」の具合について話す、ストップモーションの痔の薬のコマーシャルがあるが、あれは何をねらっているのだろうか。変な親子だなあとおもわせたいのだろうか。だとすれば成功しているのではないだろうか、あのコマーシャル。「痔」の話には「痔」の話なりのTPOてものがあるように思うが、あのコマーシャルはTPOを明らかにはずしている。これはまちがいない。
絵になる痛みの話であった。痔の痛みというのは相当なものだと、誰かからきいたことがある。誰から聞いたのか今思い出した。私の父親である。もしかしたら、マラソンランナーの足の痛みよりも厳しいものかもしれない。なにせ、一家の大黒柱、朝、排泄物体外放出中に、家に響きわたるぐらいのうめき声をだすのだから相当だろう。
それほど痛いにもかかわらず、痔は絵にならない。
「しりを押さえながら、タクシーからおりてくるドライバー」
想像してみたが、やはり絵にはならない。タクシードライバーという映画があるが、もし主人公が痔もちの設定だったならば、だいぶ違った映画になっていただろう。たぶん、悪いほうにちがっていただろう。
怖い顔をして歩いている人がいる。昔、越前屋俵太さんが、怖い顔して歩いている人にインタビューしていた。「なんでそんな怖い顔してはるんですか」と。
「いや、歯がめちゃめちゃいたいです」
石破防衛庁長官はいつも、硬い顔をしているが、あれはもしかしたら腹が常に痛いのかもしれない。
私がいつも、逆美男子な顔をしているのは、つまり、腰が痛いからである。
(無題)
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 2月 2日(土)03時54分30秒
二月二日、三日。
難波、道頓堀の極楽商店街内の恵比寿座といく寄席小屋に出ております。
5回公演の十一時始まり、五時半終わりです。
もしよろしければ、きてください。
二日目のカレーを食べて二日目の人間
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 2月 2日(土)03時03分53秒
難波でおっちゃんとすれ違った。そりゃおっちゃんにすれ違うこともあるでしょ、おっちゃんとすれ違わない日など、この世に生をうけて心臓停止にいたるまで、何兆回とあるでしょうとなるが、そのときそれちがったおっちゃんはそんじょそこらのおっちゃんではない。ぶつぶついってるおっちゃんなのだ。いやいや、そんじょそこらにぶつぶつ言ってるおっちゃんはいるでしょうが、となるでしょうが、ぶつぶつの内容が味わい深いのである。
「もう、こうなったら、カレーくわなしゃあないやろ、もうここまできたら、カレーくわなしゃあないわな」
と一人納得して、歩き去った。カレーをたべなければ「しょうがない」てな人に遭遇することはめったにない。
過去一度私も「カレーくわなしゃあないやろお」と発言したことがある。
一人で、高速道路を走っていたときの事である。トイレにいきたくなり、サービスエリアに入った。
用を足して、車に戻り気がついた、鍵がないと。かれこれ、二時間はさがしただろうか。泣きそうになり、夕日に手を合わしそうになった。「鍵がでてきますように」と。原始人が太陽を神として扱っていた気持ちが少しわかった。
つらいときの二時間ってのは結構長い。そして、私は夕日にむかって、発したのだ。
「もうこうなったら、カレーくわなしゃあないやろう」
と。
人はほとほと困り果てると「カレーを食べなければしょうがない」という心境におちいるのではないだろうか。すくなくとも、前述のおっちゃんと私はそうである。
そして、カレーを食べながらおもうのである。
「カレー食べてる場合か」
と。
結局のところ、鍵は車にあったわけです。いわゆる、内鍵、きどっていうなら、インキーてやつですな。インキーて文字にすると、なにやら間抜けな三文字ですな。
車の座席にある鍵をみながら、「アイスくわなしゃあないやろ」と不思議とならなかった。
あの時、伊賀上野サービスエリアですれ違った人々へ、あなたたちは貴重な体験をしたのです。
関本ぶりきさんへ
投稿者:
とんしょ
投稿日:2008年 1月19日(土)12時04分27秒
いえいえ、こちろからこそいつも楽しく読ませてもらってます
木彫りの熊いいですね
そんなに欲しくないけど、探すとなかなかないです。どこにあるのかなぁ〜
とんしょさんへ
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 1月18日(金)21時11分2秒
書き込みありがとう。
つたない文章ですが、読んでいただき幸いです。
舞台見に来ていただき、ありがとうございました。
表現媒体は違えども、どっかしらこのコラムのにおいがするコントだったのではなかろうかと、つまらん自負をいただいております。
寒さとか、保証人の判とか、食あたりとか、テレビの爆発とかにはくうれぐれもお気をつけてください。
じゃ。
(無題)
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 1月18日(金)21時05分54秒
同じコラムを二度のせてしまいました。削除の知り方をしらないので、勘弁してください。
ゆるいかんじですいません。
ピアノ上手な木星人
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 1月18日(金)20時59分52秒
今まで食べたもので一番うまかったものはなんだろうと考えることがある。人間暇というのは大事なことだ。そんなこと、バリバリの企業戦士はなかなか考えないだろう。バリバリも企業戦士もとっくに賞味期限のきれた言葉である。私にはバリバリの企業戦士の知り合いはいないので、実際問題、考えているかもしれないので、断言はできないのが、おそらく考えていないだろう。
バンプオブチキンというバンドのアルバムに「ジュピター」というタイトルのアルバムがある。なぜジュピターかというと、バンドのボーカルの方がぼんやり木星のことを考えていたからだそうだ。私はぼんやりと木星のことを考えたことがない。ただ、何回か木製の熊の置物について考えたことがある。感性の違いを感じずにはいられない。
「熊の置物を持っている人はそれなりにいるが、どのタイミングで買うのだろう。大学の入学祝いだろうか。初ボーナス時だろうか。それとも、自分の生き方に迷ったときだろうか」と。
何も考えていないようで、人は何かを考えている。考えているを思っていると置き換えてもいい。頭を空っぽにするってのはできそうでできないことである。頭を空っぽにしようとした瞬間、頭を空っぽにしようという意識が生まれ、「空っぽ」と「ダ・カーポ」は似てるなとなり、「ダ・カーポ」て何だとなり、「ダ・カーポ」が何かわからなくても今まで困ったことはないからいいかとなる。で、再び「空っぽ」にしようとするが、再び「ダカーポ」の迷宮へと入り込むのである。今まではよかったけれでこれからこまるんじゃないか、「ダ・カーポ」をしらなければ。
「ダ・カーポの手続きがおすみでないので、失業保険はおりません」
なんか違う気がする。
「4番センター、ダ・カーポ」
いたような気もするが、いないようなきもする。
「酒と涙と男と女と部屋とYシャツと私とダ・カーポ」
河島英五さんと平松愛理さんとが混ざるとダ・カーポになるのか。なるわけないわな。
音楽記号じゃなかったかなあ。答えらしきものに行き着き時計を見ると30分たっていた。そんなこと、バリバリの企業戦士はなかなか考えないだろう。
ダ・カーポが音楽記号だとして、その意味はなんだっただろうか。
そして、また迷宮に入り込む。
「今まで食ったもので一番うまかったものを思い出しながら、演奏しなさい」
ではないのは明白だが、とりあえず今日はそういうことにしておこう。
ピアノ上手な木星人
投稿者:
関本 ぶりき
投稿日:2008年 1月18日(金)20時59分52秒
今まで食べたもので一番うまかったものはなんだろうと考えることがある。人間暇というのは大事なことだ。そんなこと、バリバリの企業戦士はなかなか考えないだろう。バリバリも企業戦士もとっくに賞味期限のきれた言葉である。私にはバリバリの企業戦士の知り合いはいないので、実際問題、考えているかもしれないので、断言はできないのが、おそらく考えていないだろう。
バンプオブチキンというバンドのアルバムに「ジュピター」というタイトルのアルバムがある。なぜジュピターかというと、バンドのボーカルの方がぼんやり木星のことを考えていたからだそうだ。私はぼんやりと木星のことを考えたことがない。ただ、何回か木製の熊の置物について考えたことがある。感性の違いを感じずにはいられない。
「熊の置物を持っている人はそれなりにいるが、どのタイミングで買うのだろう。大学の入学祝いだろうか。初ボーナス時だろうか。それとも、自分の生き方に迷ったときだろうか」と。
何も考えていないようで、人は何かを考えている。考えているを思っていると置き換えてもいい。頭を空っぽにするってのはできそうでできないことである。頭を空っぽにしようとした瞬間、頭を空っぽにしようという意識が生まれ、「空っぽ」と「ダ・カーポ」は似てるなとなり、「ダ・カーポ」て何だとなり、「ダ・カーポ」が何かわからなくても今まで困ったことはないからいいかとなる。で、再び「空っぽ」にしようとするが、再び「ダカーポ」の迷宮へと入り込むのである。今まではよかったけれでこれからこまるんじゃないか、「ダ・カーポ」をしらなければ。
「ダ・カーポの手続きがおすみでないので、失業保険はおりません」
なんか違う気がする。
「4番センター、ダ・カーポ」
いたような気もするが、いないようなきもする。
「酒と涙と男と女と部屋とYシャツと私とダ・カーポ」
河島英五さんと平松愛理さんとが混ざるとダ・カーポになるのか。なるわけないわな。
音楽記号じゃなかったかなあ。答えらしきものに行き着き時計を見ると30分たっていた。そんなこと、バリバリの企業戦士はなかなか考えないだろう。
ダ・カーポが音楽記号だとして、その意味はなんだっただろうか。
そして、また迷宮に入り込む。
「今まで食ったもので一番うまかったものを思い出しながら、演奏しなさい」
ではないのは明白だが、とりあえず今日はそういうことにしておこう。
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